×× 夜。 ××
牛若は、木々を飛び越え、木の棒を振り回し、架空の敵と戦っていた。 けれどそれは、修行と言うより、どこか子供の一人遊びのように見えて、可愛らしくまた滑稽だった。 「兄上・・・」 まだ乳飲み子の時に、兄弟と引き裂かれ、父親を殺された牛若には、明確に彼らの記憶など無い。全ては噂が模した幻影だ。 その噂も、『牛若に知らしてはならない』という命令の元なので、牛若に伝わる頃には更に不透明度が増す。 当の母親は、何も言ってこない。 牛若が学問に励むと喜び、武術に励むと嘆く母。 もし噂が本当なら、何ゆえ母上は嘆くのだろう。 牛若には不可解だった。 昼間鍛錬していては、僧正様にも母上にも知られ、嘆かれ叱られる。 ので、牛若は毎夜毎夜、こうして一人稽古に励むのだ。 昼間、僧兵たちの動きを見ていて、なんとなくは解るのだが、それでも誰も教えてくれないのは、心細くまた不安だ。 どの動きが最善で、どの構えが最悪なのか。 見る人も居なければ、教えてくれる人も居ない。 「兄上・・・」 自分には兄が居ると聞いた。 兄上がここにいたら・・・。そう考えると何故か泣きそうになる。 ここには、自分の味方はいないのだ、と言うことを、牛若は幼いながらにして悟っていた。 噂話が持つ本当の意味。何故母上や兄上と離されたか。 「泣くのか」 目を擦っていると、いきなり声を掛けられた。 びっくりして辺りを見回すと、木上に人が立っていた。 牛若は驚いて目を見開いた。 それもそうだ。彼は金の髪に、青い瞳。どこか忍者を模したような動きやすい格好をしているが、顔立ちは自分たちと異なる。 赤い布で顔を隠すと、その人は、すっと重さを感じないような動きで地面に降り立った。 「泣くのか」 「・・・泣きませんっ」 嘲りも同情でもなく、唯確認するような口調に、牛若はキッと睨みあげて答えた。 牛若の反抗的な姿勢に、その人は怒るかと思いきや、フッと目元を和ませた。 そして牛若に近寄る。 「構えてみなさい」 「ぇ・・・」 「誰かの為に強くなりたいのだろう」 「!」 何故知っているのだろうか。 牛若は少し警戒しながら、さっきまでしていた風に構えた。 おかしな行動をすれば、この不思議な異人を叩き伏せるために。 牛若の可愛らしい殺気を感じ取ったのか、異人の動きが止まった。 そして、どことなく泣きそうな声で 「私も・・・そうなのだ」 さっきまでの威圧感はどこへやら。 彼の発言に、牛若は思わずきょとんとしてしまった。 きょとんとしている牛若に、彼はさっきの悲しげな様子など微塵も感じさせないような動きで近づいてきた。 そして、牛若の構えを検分する。 牛若も彼の行動を制限しようとは思わなかった。 相手も、『誰かの為に強く』なろうとしているのだ、と言うことが、牛若にとって心強く、また安心するものだったのだ。 九郎7歳。リズヴァーン19歳の話。 |
了 |
================ あれ?リズ先生って九朗のおとーちゃん助けてたんだっけ?? |