目を閉じた。
ごぉぉ、と耳の奥の方が鳴っている。
血液の巡回する音。
生きているという証。
(五月蝿い・・・)
酷く煩わしく感じる。
肉体の疲労が激しいためか?
瞼越しに感じる光も、素肌に感じる風も、鼻腔に感じる香りも、口内の乾いた感じも、うっとおしい。
そんなことを思考する事も、放棄したくなる。
無。
そう、無になってしまいたい。
全身は疾うに脱力している。
自分の体では無いかのように、ぴくりともしない。
肉体の疲労が激しいためか?
何故?
三十年、妥協することなく、唯あの人を守れるだけの強さを獲たい一身で、鍛錬に明け暮れた。
思い出といえば、それしかない。
唯あの人を想い、あの人の行く先を想い、あの人の優しさを想い、あの人の、あの人の、あの人の・・・。
戦いを覚え、戦慄を覚え、戦術を覚え、戦い、戦う為の日々。
故に、並の者よりこの体は、激しい戦闘に対する疲弊に耐久があるはずだ。
今己は何をしていたのだ?
目を閉じている。
現実から目を背ける。
どれが現実で、どれが夢で、どれが過去で、どれが未来で。
目を、開けてみた。
綺麗な人の顔が見えた。
静かに、目を閉じているあの人の。
何も聞こえぬ。
何も。
彼女を包んでいるのは、静寂。
「ぁ・・・・」
ごぉぉ、ごぉぉ、と耳鳴りがする。
私の内から聞こえる、生命の音。
酷く五月蝿い。
疲弊していたのは、肉体ではなく精神。
狂っているのか判別すらつかぬ、病んで行く心。
「ぁ・・あぁ・あ・あ・・・・・・・」
もう嫌だと思った。
もう視るのを止めようと思った。
もう投げてしまいたかった。
もう放棄したのだ。
既に放棄したのだ。
「ああ・・ぁ・・あ・あ・ぁあぁ・・・」
何度失えば良いのだ?
何度看取れば良いのだ?
何度後悔すれば良いのだ?
何度出会えば良いのだ?
誰を死なせば良いのだ?
誰を犠牲にすれば良いのだ?
誰を殺せば良いのだ?
誰に何を言えば良いのだ?
既に放棄したのだ。
もう無理だと。
もう何も視たくないのだ。
そう決意して望んだ運命。
なのに、何故
「ぁあああああぁああぁぁあぁぁあぁぁぁぁああ!!!!!!!!!」
壊れた涙腺は、引きも止めず視界を濡らす。
押し寄せる感情は、後悔と悲しみと怒りと・・・。
それらは感情の関を破壊し、体内をでたらめに駆け巡り、複雑に絡み合い全身を拘束する。
もう、無理なのだ。
今更無理なのだ。
今までずっと描いていた願いを、今更放棄することなどできない。
この想いを抱えていたのは、1年や2年ではなく、30年でもない。もっと長い間、ずっと。
恩返しなどと言う綺麗なものではなく。
この運命の先をゆく、お前の笑顔を視れるように。
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